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写真:赤糸威鎧「兜」

櫛引八幡宮には、国宝や重要文化財・県重宝・市文化財として保存されている建物や美術工芸品がたくさんあります。
先人達が残してくれた古い様式を保存することはたいへん難しい事ですが、次の世代に残し継承していくことに重要な意義を見出すことができます。
櫛引八幡宮では、国宝をはじめとする宝物が常時見学いただけます。
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国宝館拝観料/
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大 人
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400円
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高校生・中学生
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300円
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小学生
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200円
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※幼児無料
※団体割引あり
(5名以上 )
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櫛引八幡宮の文化財
鎌倉時代以来の由緒をもつ南部一之宮・櫛引八幡宮には、その歴史と格式にふさわしく すばらしい宝物が数多く所蔵されている。
中でも国宝赤糸威鎧「菊一文字」・国宝白糸威褄取鎧を はじめとする国宝2領、国重要文化財3領の鎧はわが国甲胄工芸を代表するもので誠に壮観である。
そのほか、9面の舞楽面、太刀1振、鰐口2口など中世以来の文化財を伝え、社殿も江戸前期盛岡南部藩主に よるもので、八幡宮全体が文化財である。
天明八年(1788)、幕府巡見使に随行した古川古松軒はその旅行記『東遊雑記』に、 「八戸より一里半西南に八幡村あり。この所に古跡の八幡宮の社塔あり、
1039石御領主南部候よりの御寄付あり。この社に宝物数多にて、右の内に新羅三郎義光公の 甲胄あり。惣金の銅物にてあたりも輝くばかりなり・・・・・
噺し伝えにもかく黄金のみに制せし甲胄あること聞かず。ゆえあるべし。外にも3領あり、
よき甲胄なり。太刀も多く、餝りも念の入りし拵えなり。宝物の数かずありて真物のよきもの ばかり揃いし所は、江戸を出でしより当八幡宮の宝物第一にて、 世にめずらしき物を一目せしことなりし。」 と記し、絶賛している。
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国宝 赤糸威鎧(あかいとおどしよろい)
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兜・大袖付
附唐櫃
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鎌倉時代
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大袖と兜に菊一文字の飾金物があり、「菊一文字の鎧兜」としてあまりにも有名である。
鎌倉末期の方式になる典型的な鎧でほとんどあますところなく装飾された菊籬金物の 意匠は精妙をきわめ、技法もまた峻勁緻密であって、鎌倉時代金工芸術の特色を最もよく
発揮している。
春日大社の「赤糸威鎧(竹に雀虎金物付)」とならんで、装飾金物の豪華な点に おいて現存甲胄の双璧と称される。
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国宝 白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまどりよろい)
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兜・大袖付
附唐櫃
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南北朝時代
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紫・薄紫・黄・萌黄・紅糸をもって褄取りを施した白糸の威毛は気品に満ち、全体の形姿も 端正で、南北朝時代武将の心ばえがしのばれる名品である。
現存鎧中大形の部類に属するもので、 作技も優れ、保存もよく、南北朝時代の代表的な鎧とされている。
南部信光公が後村上天皇から拝領したものと伝えられる。
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県重宝 舞楽面 陵王(ぶがくめん りょうおう)
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鎌倉時代・南北朝時代
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陵王は羅陵王とも蘭陵王とも呼ばれ、金色の肌で、頭上に首をもたげた龍をつける。陵王は中国北斉の武将の名で、怪異な面をつけてよく敵を破ったところから作られた舞といわれ、本来は戦勝を祝うめでたい舞であったが、水の神である龍をつけているところから雨乞いの舞として盛んに舞われた。
この陵王面は吊顎で、目は共彫り、龍が前足を額においてふんばり、炎髪は上部を波形に造る。金色の彩色も良く残っている。
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